

6年前、2つの命を授かり1つの命を見送り、人と自然の境界の曖昧さを感じるようになりました。
この写真は、それからの日々の生活の中で繰り広げられる光景と、
その中で自分に芽生えた感覚とを、とどめておこうとした痕跡です。
2019年に高松で開催された瀬戸内アートブックフェア2019への参加に合わせて制作したものです。さらに前年、写真家 石川直樹さんが講師を務める「フォトアーキペラゴ写真学校」の終了作品展に、展示した同タイトルのプリントと写真集がベースとなっています。そこから抜き差しし新撮分を加えてたりして編み直した写真集です。








ステートメント
6年前、 2つの生を授かり、10年住んだ東京を離れてこの町に戻ってきた。そして1つの死を見送った。
目に見えない大きな歯車が噛み合い動き出した気がした。
自分の中に、それまでとは違う感覚がじわじわと芽生え、気になる事柄や目が向く対象、趣味嗜好などの判断基準に影響を与えるようになってきたように思う。
些細な自然の移り変わり・偶然の出来事・子供の成長・いつもの海・明日の予定…そんなものが交わり、積み重なり、絡み合い、そして擦り切れ、隙間ができ、また交わって大きなうねりとなって流れていく。うまく言葉にできないがそんな感覚だ。
偶然に起こっていることは「自然の意志」なのかもしれない。
人の為すことは「自然の現象」の一部に過ぎないのかもしれない。
どっちが正解だろう。
成長してゆく子供たちは「人」と「自然」の境界を、軽やかに行き来している。彼らの振る舞いを見ていると、その境目は実に曖昧なもので、白黒つけること自体が無意味なことに思えてくる。
「ぼっこーきばるなよぉ。成るように成るんじゃけぇ。身をまかせときゃーええんじゃ。」
空の上の父親から小突かれているような気がした。
この写真は、日々目の前に繰り広げられる光景と、じわじわと変わり続ける自分自身の感覚を、とどめておこうとした痕跡です。